本棚のすき間

読書・書店・学校図書館についてのあれこれ

羊と鋼の森

羊と鋼の森』宮下奈都 を読み終えました。
学校の六年生の女子が読みたいと言っていて、どんなかなあと思って。

職員室の机の上に置いてあったのを読書家の先生が見かけたらしく「あれ、読んだけどあんまりでした」と言っていたので、おかげで一気にハードルが下がったり。

純文学好きからすると、確かにある種の物足りなさも。でも、逆に言えばとても素直な文章で、読みやすいし物語に入りやすい。
だからこその本屋大賞なのだろうし、調律というどちらかといえば地味だしマイナー(じゃないのかもしれないけど)なテーマでも、あれほど万人受けしたんだろうなと思ったんですが。

ごちゃごちゃ言いましたが、個人的には、わりと楽しかったということです、はい。


昔、小学生のころかなり短期間だけど、自分もピアノを習っていた時期があった。
姉が先に習っていて、そのおまけみたいな感じで、ちっとも上達しなかった。ピアノを背にして座って、先生が鳴らした音を聞いて、「ミ」「ソ」とか当てる時間があった。あの時間が眠くて眠くて、それに必死にたえていた、という記憶がやけに強く残っている。

家にはアップライトのピアノがあって、姉のもの、という漠然とした意識があった。
羊と鋼の森を読んで、あの実家のピアノもきっとそんなには多くない回数だろうけど、だれかが調律をしてくれたのだという事実に、驚いてしまった。
どんな風に、どんなことを意識して、あれを調律したんだろう、と思うと、ふしぎな気がする。


自分の人生の裏には、数えきれない人の存在がある。って、よくある話ですが。

自分もだれかの人生の裏にいたりするんだろうかと思って、そういうものになるためには、なにかを作る人にならなくちゃいけないような気がする。

司書の仕事も楽しいけど、なにかを作る仕事っていうのも、やっぱり凄くいいと思う。


関係ないけど、ゆずの岩沢さんはその昔、調律の専門学校に行っていたって、なにかで読んだ(違ったらすみません)。
あの人が調律師になっていたら、きっと、板鳥さんみたいになっていたんじゃないかな。


夜に静けさを連れてくる一冊でした。
森閑、ということばがぴったりの。