本棚のすき間

読書・書店・学校図書館についてのあれこれ

勉強机の引き出しには、思春期のつんとするにおいがつまった手紙の束が

実家の勉強机の一番下の引き出しに、いろんな手紙が入っている。

中学時代の友だちの恋愛相談が書かれていたり、授業中に書かれた暇つぶしの文章みたいなものもある。お礼の手紙も、だれが書いたのかよくわからない詩のようなものまで。

 

中学一年生のとき、ひとりの友人がギターをみんなの前で披露したことがあった。

なんの授業だったのかは忘れてしまったけど、弾いていたのはだれもが知っている日本古謡のさくらさくらだった。

単音弾きで、たどたどしい感じだったのを覚えている。

決して上手くはなかったその演奏だけど、でも、なんだろう、みんなの前でギターをひとりで披露する、というその姿にぐっときた。

 

当時、好きなアーティストは? ときかれたら、迷わずゆずと答えるほどのゆずっこだったので、ギターが弾ける、ということに猛烈な嫉妬と羨望を覚えたのだと思う。

ギターは無理かもしれないけど、ハーモニカなら、という思いで、ハーモニカを中学一年生の誕生日に買ってもらい、練習していた。

ハーモニカって、曲のキーごとに違うのを使わなくちゃいけなくて、サヨナラバスやシュビドゥバーなんかを吹きたかったから、Cのハーモニカを最初に買ってもらった。

 

それで、あのときの友だちがギターを弾いている姿がずっと頭に残っていて、中学二年生のクリスマスに、アコースティックギターをお願いし、買ってもらうことに成功。

指の腹がとけそうなくらい痛くなるまでやって、しばらくすると慣れてくるというか指が自然とかたくなってきた。

 

ある程度曲が弾けるようになってくると、友だちにオリジナル曲を作ろう、と言われた。もう、中学生だからばかみたいに盛り上がって、まだ一曲も出来ていないのにじぶんたちには才能がある、みたいなテンション。

 

そこで、曲を創るなら詞を書かなくちゃいけない、ということで、お互いに書いてくることになったのだけど、友だちは少し書いてみただけで、なにやら挫折。見せてよ、と言っても赤面するばかりで、ちっとも話が進まない。

こちらは、というと、歌詞を書いているうちに、ことばを連ねていくということに快感を覚え、また、それをだれかに読んでもらう、ということの喜びを知り、キャンパスノートに歌詞をひたすら書き続けていた。

 

いま思えば、よくあんなものをひとに見せられたもんだと思うけど、若気の至りってやっぱりちゃんとあるみたい。

 

それで、授業中にも本来の授業のノート+歌詞ノートという感じでいつでも書ける状態にしていて、受験勉強の時期にもかなりどっぷり歌詞作りをやっていた気がする。

とにかく、楽しかった。

プランクトンの詩とかほんとよくわからないものもあるんだけど。

 

結局、友だちはちっとも歌詞を書いてきてはくれず、じぶんも歌詞は書くけどそれを曲にするということができなかった。

三年生の後期に、楽器を演奏するという選択授業をとっていて、そこで、エリッククラプトンの曲(プランクトンじゃない)を演奏したりもした(友だちが歌うから、と言っていたから練習したのに、本番、緊張しすぎて歌いだせずにインストになってしまったという思い出も)。

 

卒業までになんとか幾つかの歌詞に曲をつけることもできたけど、どこかで披露するなんてことはまったくなく、家族に隠れてひとりで練習するばかり。

いま思えばあれをどこかで披露するなんてことがなかったことに感謝したい気もしないでもない。

 

それから、高校生になっても、歌詞を書くということだけは続けていて、その習慣の続きに、冒頭で書いた手紙が関わってくる。

 

長くなってきたので続きはまた明日。