本棚のすき間

読書・書店・学校図書館についてのあれこれ

昔の自分が書いた文章って、どうして自分が書いたようには思えないんだろう

六年前くらいに書いたお話が出てきたので、載せてみます。

 

 

 

 

『ねこの手』

 

 あるねこはひたすら三角をつくっていました。最初のころは、三角をつくるのはとてもむずかしいように思えましたが、いまではなんてことはありません。

 まっすぐの線を三本こしらえては、それらを正しい角度、つまり、六十度でくっつけて、つなげるだけです。でもときどき失敗し、それはこっそり土にうめてしまいました。

 太陽が一番高いところにのぼると、三角のねこは、

「ふう、まんなかまんなか」

 と言って、きゅうけいします。ねずみパンをかじり、牛乳をのみます。働くねこは食事に時間をかけません。早食いねこです。

 

 あるねこはひたすら丸をつくっていました。最初のころは、そんなの簡単だろうと思っていましたが、いまではそんなじぶんをはずかしく思っています。

 まっすぐの線をぐるんと曲線にし、きれいな円をえがき、つなげるのです。曲線というのはまったくくせものだなと、丸のねこはいつも思います。

 太陽が山のむこうにかくれると、丸のねこは、

「はあ、おしまいおしまい」

 と言って、あとかたづけをします。首にかけていたタオルは川でばしゃばしゃ洗い、ものほしにかけておきます。明日また、つかうのです。

 

 あるねこはひたすら四角をつくっていました。最初のころは、べつのことばかり(川魚のかくれがだとか、宇宙のことだとか)を考えていましたが、いまではまじめに四角をつくることに集中しています。三角のねこ先輩に教えてもらい、九十度にしてつなげるのも、得意になりました。

 月が、星がほほ笑みかけると、四角のねこは、

「さあ、おやすみおやすみ」

 と言って、目をつぶります。夢のなかでは本を読んでいるひつじがいて、そのひつじから甘いお菓子をもらいます。やさしいひつじなのです。

 

 

「こんなの意味ないよ、もうやめた」

 投げだしてしまったのは、八角形をつくっているねこでした。八角形をつくることのできるねこは少ないですが、八角形を必要とすることもそれと同じくらい少ないことでした。でも、そういうものをつくるねこも必要なのだと思いながら、じっとがまんし続けていたのです。

 朝焼けの下で、八角形のねこは、

「もう、さよならさよなら」

 と言って、出かけていきました。もうここには帰ってこないつもりなのか、大切にしていた鈴を川に流してしまいました。

 だれも、八角形のねこを探しはしませんでした。

 そういうこともあるもんだと、どのねこも思いながらそれぞれの形をつくっていました。ときどき、同じようにじぶんのしていることに疑問をかんじるねこもいましたが、たいていは深くは考えませんでした。

 そうして、たくさんの形ができるのでした。

 ねこたちはお給料をもらい、それでしんせんな魚を買ったり、おいしい料理を食べたりしました。くつを買うねこもいました。気の早いねこは、まだ九月だというのに、冬のためにとマフラーを買ったりもしました。まねするねこも、おおぜいいました。

 

 ねこたちのつくった形は、ひとつひとつ、カラスたちがくわえていきます。夜空のやみにとけこむように、カラスたちはしずかにはばたきます。ときどきべつの形をくわえたカラスにぶつかると、

「すまんね」

 と言い合いました。

 空がくらいうちに、カラスたちは形を運びます。遠い国までいかなくちゃいけないカラスは、明るくなったら一度地面に下りてきゅうけいし、夕暮れのころにまた飛んでいくための準備をはじめます。よっこらせ、と暗くなってきた空を見上げます。

 目的の場所までくると、カラスはくわえていた形をはなします。ねこたちのつくった三角や丸や四角なんかはひゅるりと落ちていき、あっという間に見えなくなります。そうしてカラスは帰り、またべつの形をくわえて飛んでいくのです。そのくり返しで毎日はすぎました。

「間違えちまったかなあ、落とすところ」

 そうつぶやいたカラスがいました。

 だれにもきこえない、どうでもよさそうなかわいた声でした。

 

 だけどずい分夜ふかしをしているひとりの男の子が、その声をきいたような気がしました。へやには、ひとつも音がなかったのです。

 そしてまどを開けると、

「まあ、いっか」

 そんな声がこんどははっきりときこえました。まっ暗の空から、ハンカチみたいにやわらかい布のきれはしがふわり落ちてくるように、そっと男の子の耳にすべりこんできたのです。男の子は目をまるくしました。

「だれ? だれの声なの?」

 夜は答えませんでした。そっとふけてゆくだけで、星はだまったまま輝かしいまばたきをくり返すだけです。

 でも、丸が落ちてきました。男の子のへやのベランダでそれは青白くぼんやりと光り、光が男の子の泣きはらした顔をほんの少しだけ照らしました。

「かなしいさよならなら、いつでもとりだせるところにしまっておかなくちゃね」

 丸はそんな風に言いました。男の子は目を細めました。

「とりだしてどうするの?」

 男の子がまたききましたが、丸はなにも答えません。ゆっくりと、青白い光はうすれてゆきました。

「じゃあ、かなしくないさよならはどうしたらいいの?」

 さけぶように、男の子がききました。

「笑っていればいいんだよ、そういうときは」

 丸が最後の力をふりしぼるように言い、そのままぽつりと消えてしまいました。ベランダにあるのはかれた鉢植えだけになりました。

 男の子はぼうっとする頭で、布団にもぐりこみました。できるだけからだを丸めて、エビみたいになって目をつぶりました。

 あっという間に、眠りがやって来ました。

 夢のなかでは、いろいろなひとがさよならと言って、手をふっています。今日、男の子がさよならしたねこも、立ち上がってにゃらにゃら手をふります。それで、男の子を重くしばりつけていた見えないくさりのようなものが、ふっとほどけました。

 

 

 だれかが捨てていった時計が、かちこち、時間をかぞえていました。

 毎日には昨日も今日も明日もない。ただ、朝が来て、昼が来て、夜が来て、また朝が来て……。時計は、いつ見ても変わらない、名前も知らないちいさな星を見上げながらそんな風に思いました。

「だけど、止められやしないよなあ」

 時計がつぶやいている間に、三秒がたちました。たくさんの三秒が集まってつみ重なって、夜が朝にあいさつをするころになりました。この時計は不眠症で、今日も一睡もできませんでした。

「ま、同じことか」

 寝ていても、起きていても、夜は明けるのでした。だれがどこでなにをしていようとも、眠れずとも、起きていられずとも。その夜のうちに、ねこが二匹生まれ、カラスが一羽死んでいました。

 義務のようにニワトリたちがせいだいに鳴き、近くにいた時計はその声にびっくりしました。でも、針の動きは変わりませんでした。

 

 

「さあ、おはようおはよう」

 そう言って、×をつくっているねこは起き上がり、朝をむかえました。今日も太陽は東からのぼり、そのねこのつくる×はとても美しいものでした。ベテランのばつねこさんと呼ばれているだけのことはあるのです。

「おや」

 見つけたのは、八角形のねこがだれよりも早く、八角形をつくっているところでした。新しい鈴を首に下げて、一心不乱に線をつなげます。

「そういうこともあるもんだ」

  ベテランのばつねこさんはそうつぶやきゆっくりとじぶんの仕事にとりかかりました。今日はどのカラスが運んでくれるんだろうな、なんてことを思いながら、からだを思いきりのばしました。

 一日がまた、始まるのです。