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出版の未来は子どもが握っている!? 考えてみませんか? 子どもと読書

児童書の萌え絵化論争について、いまさらだけど現役学校司書の視点で考えてみた - 本棚のすき間

上の記事のはてブにいただいたコメントに勝手に返信、というかコメント返しのシリーズです!

あい変らず、好き勝手に書いていきます。

 

ズッコケ三人組シリーズAセット(全26巻セット)
 

〇ズッコケシリーズも発売当時は批判されていた

というのは、いつの時代も、というのを表している気がしますね。

いつの時代も、新しいものは批判的に見られるという風にも言えますし、いつの時代も、新しいものを受け入れられない人たちが一定数いる、という風にも。

 

でも、現在では置いてない図書館はないんじゃないかというくらい定番の児童書になっていますし、大人がなんと言おうと子どもたちの支持を得ている、ということは確かだと思います。

 

以前、近隣の学校司書が集まった際に、「ズッコケシリーズばかり借りていく子がいて、どうほかの本に目を向けてもらえばいいか……」というようなことを言っていた司書の先生がいました。

個人的には、その子がそのシリーズにハマっていて、ちゃんと読んでいる様子ならいいんじゃないかな、と思いながら話を聞いていました。

 

大人だって、そういうことってよくあるじゃないですか。

伊坂幸太郎さんの本を一冊読んだら、面白くて、他の本も片っ端から読んで、そうしたらまた気になって前に読んだのも読んで……とか、ひとりの作家やひとつのシリーズばかりを読む、ということが必ずしも悪いことではないように思うのです。

フーガはユーガ

フーガはユーガ

 

同じ作家の本を読み続けていたりすると、その作家の文体がいつの間にか自分の言葉作りのもとになっている、というようなことは本好きあるあるだと思っているのですが、いかがでしょうか。

 

子どもたちもそうやって、好きな本から言葉や文体を獲得していく、ということを無意識のうちにやっているのだと思います。

漫画やアニメでも、口調や口癖を真似するということはよくあるでしょうけども、読書からそれを得ている、というのは、うれしいことではないでしょうか。

 

 

もちろん、どこかで、読書の世界を広げてほしい、と思う気持ちは、同じ学校司書として、そして一応色んな本を読んできた大人として、よくわかります。

 

でもそれは、その子のタイミングというのがあるので、好きなものにしがみついているひとを無理やり引っぺがすことが正しいかというと、難しいところですね。

 

 

 

 

○古い装丁のものでも良いものだから

武者小路実篤志賀直哉にハマっていた時があって、彼らの本を探して読んでいたことがありました。

ブックオフで手に入れた本はページが焼けて、文字は小さいし行間も狭く、読みにくいったらありゃしない、ということも珍しくありませんでした。

 

大人が子どもに、古い装丁だけど良いものだから読むべき、というのであれば、大人も、近代文学のような古めかしい本を読むべきなのかもしれませんね。

 

 

 

岩波書店の役割

岩波書店が出している児童書はいまの子どもたちの手に届きにくい、と受け取られてしまうようなことをいろいろと書いてしまいましたが、決して、悪口を言いたいわけではありません。

岩波書店岩波書店が信じる子どもたちにとって良い本を作っているだけでしょうし、岩波書店の児童書を求めている子どもがいる、というのも事実です。

 

あまり、出版社の歴史とかには詳しくないのでとやかく言えませんが、そんな自分にも岩波書店は格式高いというイメージは、いつの間にかすり込まれています。

 

以前書店で働いていた時に、岩波文庫が揃っているお店は信頼できる、とか、岩波の新刊が無いなんてそりゃ本屋じゃない、というような発言を耳にしたことがあります。

 

頭の良い人たちが好んで読む、おかたい出版社の本なのだと思っていました。

 

返品の融通がきかない等、在庫を増やしたくても増やしにくかったりする出版社ですが、一部の読書家たちからの熱烈な支持があるのでしょう。

岩波の本なら間違いない、というイメージを持たせるというのも、結構凄いことです。

 

そういうわけで、角川つばさ文庫よりも岩波少年文庫の方がいい、という子どももいるのはたしかなようです。

あとは、淘汰されてしまうかどうか、というところだと思います。

司書や大人が古い本を排除しようとしなくても、時代がそれを置いてけぼりにしてしまえば、いずれは場所を失うことになるのではないのでしょうか。

 

どんなジャンルでも、古き良き、が残っているものもあれば、廃れていったものもあるのですから。

 

 

想像補完で自分だけの「公式」を育み抱く、というのはやっぱり理想的です。

それができるまで、その本をしっかり読むことができる、読むきっかけがある、というハードルを越えられれば、一番なのですが……。

 

 

いまの子どもたちに届きやすい、という意味で、『君の名は』が与えている影響が結構大きいような気がするのですが、どうでしょう。

社会現象とまでいわれるくらい多くの人があの映画を観て、ニュースや雑誌等でもとり上げられ、子どもたちの「絵」のイメージに侵食(?)している可能性はないでしょうか。

多くの人からの支持を得ているものがあって、それの良さがわからない、ということを恥ずかしいと感じることがあると思います(ない人もいるでしょうが)。

あの『君の名は』の絵はいい絵なんだ、とか、そこまでいかなくても、ああいう絵はおしゃれですてき、というイメージが子どもたちの中になんとなくすり込まれているのだとしたら、最近のアニメ調の表紙というのがその心にハマりやすいというのもわかります。

 

 

もちろん、全然関係ないかもしれませんけどね。

 

関係無いついでに、フィンランドにひとり旅をしてきたという記事です。

nahdaan.hatenablog.com

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