突然ですが、周りを見回してみてください。
家の中にいらっしゃる方は、壁やテーブル、本棚、時計、マグカップ、などが目に入ったかと思います。外にいらっしゃる方は、木々やベンチ、建物やコンビニなど、いろんなものが見えたかと思います。
目に映ったものの中で、名前の付いていないものはあったでしょうか?
おそらく、ありとあらゆるものに名前が付いているはずです。
当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが、よく考えると、それってかなりすごいことのような気がします。
ことばを獲得した数百万年前から、人類はこつこつと目の前のものに名前を付け、それを周知させてきました。
それより前は、どんなものにも未だ名前などなく、ただそこに、あったり、いたりしただけだったのに。
なんだか、気が遠くなりそうです。
前置きが長くなりましたが、今回は、この世の中にあふれかえっている名前やことばに迷ったときの道標、国語辞典についての話です。
国語辞典について
国語辞典というと、多くの方が学生時代の国語の授業をイメージするかと思います。ネット社会のこの時代、特段国語辞典を使用する必要性もない、という考えの方もいらっしゃるでしょう。
必要かどうかはさておき、書店に行けば、辞典売り場には本当に様々、多種多様な辞典が置いてあります。
最近ではカバーもお洒落なものも増えています。
これなんか、本棚に入れておくだけでテンションが上がりそうなすてきなデザイン。
国語辞典なんてどれもいっしょでしょ、と思ってらっしゃる方に、『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』の二冊で、同じことばを引いて、その違いをお見せしたいと思います。
ちなみにこの二冊はどちらも三省堂という出版社から刊行されています。同じところから、どうして違う辞書を? と思うかもしれませんが、これから例として挙げる語釈(意味)の違いを読めば、その理由をわかっていただけるかもしれません。
三省堂国語辞典と新明解国語辞典

- 作者: 上野善道,井島正博,笹原宏之,山田忠雄,柴田武,酒井憲二,倉持保男,山田明雄
- 出版社/メーカー: 三省堂
- 発売日: 2017/02/27
- メディア: 単行本
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新明解は赤いカバーのイメージが強いかと思うのですが、書店に行った時にこちらの特装青版が置いてあり、そのクールな感じに惹かれてこちらを購入しました。
三省堂の方がオレンジなので、色の対比もいい感じです。
それでは、三省堂国語辞典と新明解国語辞典で、同じ言葉を引いてみます。
恋
人を好きになって、会いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)。
三省堂国語辞典
うんうん、とうなずきたくなる感じです。そして、恋は満たされない気持ちだったという事実……! 満たされてしまったらもうそれは恋ではないんですね。恋が満たされたらなにになるのでしょうか。安心でしょうか。
特定の相手に深い愛情をいだき、その存在が身近に感じられるときは、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感・充足感に酔って心が高揚する一方、破局を恐れての不安と焦燥に駆られる心的状態。
新明解国語辞典
他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの、という辺りに気持ちの強さが感じられます。
さらには破局を恐れての不安と焦燥……恋をするということは、すでにその崩壊の悲しみにそなえるということも含まれると……。
切ない
胸がしめつけられるようで、たまらない。
三省堂国語辞典
簡潔です。
切ない、って、でも確かにそういうことですよね。
この、素っ気ないくらいの 言葉の少なさが三省堂の魅力と言えるでしょう。
自分の置かれた苦しい立場・境遇を打開するうまい手段が見出せず、耐え難いほど辛く思う気持ちだ。
新明解国語辞典
切ない時というのは、自分の置かれている立場や境遇をまずは客観的に、俯瞰的に見つめてみるといいのかもしれません。
いま、これこれこういう立場でいて、そこから抜け出せずにいるからこんなにも切ないんだ、と思っているうちに、どうでもよくなることを期待して。
ひつじ
中形の、おとなしい家畜。つのはねじれている。毛は毛織物にする。肉は食用。
三省堂国語辞典
こちらもやっぱり簡潔。
必要最低限の情報、という感じでしょうか。
ヤギに似た、中形のおとなしい家畜。らせん形の角がある。毛は灰白色、絨毛で縮れ、毛織物の原料。肉は食用。 綿羊。
新明解国語辞典
三省堂と似てはいますが、若干違いが。
ヤギに似た、という、だれもが一度は思ったことがあるような情報が入っているのが面白いです。
読書
本を読むこと。
三省堂国語辞典
あっさり。
そうですね、という感じで、これくらいばさっと言い切ってくれる辺りが三省堂国語辞典らしい。
一方ですよ。こちらをご覧ください。
〔研究調査や受験勉強の時などと違って〕一時の現実の世界を離れ、精神を未知の世界に遊ばせたり人生観を確固不動のものたらしめたりするために、(時間の束縛を受けること無く)本を読むこと。〔寝ころがって漫画本を見たり電車の中で週刊誌を読んだりすることは、本来の読書には含まれない〕
新明解国語辞典
!!! いちいちそうなの? と聞きたくなるような衝撃的な事実がごろごろと。
精神を未知の世界に遊ばせる、というのはみょうに詩的な表現ですよね。でも、ときどきそういう本と出会えると、たしかに自分がちょっと新しくなったような気分になったりします。
時間の束縛を受けながらする読書は読書ではない……? 読書をしている時というのは時間という概念から解き放たれた状態にある、というのはわかるようなわからないような……。
最後の〔〕の中の文には、この語釈を書いた方の、読書に対する強い気持ちが溢れていますね。そんなものは読書とは言えん! といった、昔風に言うと頑固親爺の小言のような。
まとめと国語辞典関連のおすすめ本の紹介
読書好きの皆さまはいかがでしょうか。
言葉って、ふしぎですよね。
同じ言葉でも、人によって、全く受けとり方が違っていたり、その響きからイメージするものが違っていたり。
もしも宇宙人と友だちになって、読書とはなんだ? ときかれたら、どんな風に答えるでしょうか?
『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』
こちらの書籍は、『三省堂国語辞典』と『新明解国語辞典』の二冊が、どのように分化し、そして、どういった経緯で、それぞれの辞典があのような特徴を備えるに至ったかが描かれています。
『学校では教えてくれない!国語辞典の遊び方』
こちらはまさに国語辞典の違いについて、非常に細かく、そして楽しく解説されている文庫本です。
この記事では取り上げていない語釈の違いがたくさん載っています。この本を読んでから、私は、国語辞典の面白さに惹かれ、上で紹介した二冊を購入しました。
他にも、いろいろな国語辞典の特徴や強みも載っているので、国語辞典の購入を考えてらっしゃる方には、ぜひご一読いただきたい一冊です。
本が好き、という方の多くは、言葉自体にもこだわりのある方たちなのだと思います。
電子辞書やネット辞書にその活躍の場を奪われつつある国語辞典ですが、ただ言葉の意味を引くというだけがその使い道ではないのかもしれません。
眠れない夜に国語辞典を一文一文読んでいくと、必ず眠れた、という話も、どこかで読んだような気がします。
いつか、不眠症になった時には、試してみたい使いかたです。
それではまた。