『ボクたちはみんな大人になれなかった』
燃え殻
新潮文庫
単行本が発売されていた時から気になっていたこちらの本、先月文庫化したのを見つけ、すぐにレジに持っていった。
多くの著名人も絶賛しているこの作品、燃え殻さんという謎の作者。
表紙やタイトルから伝わってくるセンチメンタルな風情。
その中身について、ここからだらだらと。
あらすじ
満員電車に乗ったボクは、ふと開いたフェイスブックの「知り合いかも?」のリストの中にひとりの女性のアイコンを見つける。
それは、自分よりも好きになってしまった、ただひとりの女性だった。
そして、満員電車は揺れ、人波に巻き込まれ、友達申請のボタンを押してしまったことに気づき、ぼう然とする。
一転、場面は変わり、二十数年前に。
同僚は一人以外は全員外国人という、エクレア工場でボクは働いていた。
暑い夏。
七瀬という、この工場でのアルバイトがもう十一年という変わった同僚とくだらない話をし、休憩の時間には、誰かが持ってきていたアルバイト雑誌『デイリーan』を開く。
その最後のページには、文通コーナーがあった。
そういう時代だった。
その日、沸かした牛乳を入れたシーフードカップヌードルを夕食にしながら、その文通コーナーを読んでいると、ある文面に目がいった。
小沢健二のファンを匂わせるその一文に、まさに小沢健二の大ファンだったボクは七瀬からデイリーanを取り上げ、そのページをちぎってポケットにつっこんだ。
彼女とはすぐに文通がスタートした。
そして、すぐに会いたくなって、会いませんか? ときいた。
彼女は「わたし、ブスなんです。きっとあなたはわたしに会ったら後悔します」と書いてよこした。
でも、童貞で成人を迎え、週に六日エクレア工場で十時間以上働いているボクの鬱屈した気持ちは、そんな言葉にびくともしない。
会うことになったその日、携帯もないあの時代、家を出たら最後、会えるかどうかわからないような待ち合わせに向かう。
そして、ラフォーレ原宿の前で、ふたりは静かに……
感想など
あらすじというより導入部分の紹介みたいになってしまった。
この作品は、現在やエクレア工場時代、小学生の頃、今の仕事を始めた頃、などと、時間軸がめまぐるしく変わっていく。
それが読みにくい、という読者もいるかもしれないけど、散らばっているかのように思えるそれぞれの時代での出来事が、すべて、ラストの地点に集約される。
伊坂幸太郎さんの作品のような、怒濤の伏線回収ですっきり、とか、そういうのとは全然違う。
過去のいろいろな出来事がラストに何らかの効果をもって、その問題や事件を解決したり、真相が明らかになったり、じゃない。
過去のいろいろな出来事が絡み合ってもつれ合って、ラストに訪れるのはそういう諸々がほぐれ、解ける快感でもない。
むしろ、絡んでもつれてもう取り返しがつかないくらいぐちゃぐちゃになった毛玉のかたまりみたいなもの、が、この作品の読後感。
主人公のボクは、常に焦燥感のような虚無感のような、満ち足りない何かをいつも持っている。
それは、子どもの頃からなんら先に進んでいないように思える、というのが一つある。
そんな自分を突き放したくなる瞬間と、抱き締めたくなる瞬間があって、でも、自分で自分を、本当に抱き締めることはできない。
そんなボクの、自分を突き放したくなる瞬間を抱き締めてくれるのが、文通を始め、冒頭のシーンで友達申請を送ってしまった彼女。
そんな彼女との、特別そうで、でもありきたりなデートの日々と会話。
読んでいて、恋愛ってそういうもんだったな、と自分がずい分年老いてしまったような気がした。
デートの一日一日が、会話の一つひとつがつみ重なって、自分たちにしか見えない風景が出来上がっていく。
この作品は、ある意味凄く残酷でもある。
それは、読者の特別だった誰かの記憶を絶対に呼び起こさせる、という点で。
たぶん、現在進行形で特別な人のことは、そんなに浮かんではこない。
過去の、もう終わって、決して戻ることのない時間軸で、特別だった誰か。
というのは、きっと、誰しもの心のなかにいるんじゃないだろうか。
だから、この小説は残酷、でありながら、美しくもある。
でも、やっぱりふつうの美しさじゃない。
花火大会の、メインの素晴らしい花火とかではなくって、たとえば、終わってしまった後の煙のにおいみたいに。
個人的には、そっちの方が、涙が出そうになる。
だからこそ、私はこの小説が好き。
いつか、きっと映像化するはず。
主人公、最後は四十過ぎの年齢になってるけど、菅田将暉さんなんかが合いそうな気がするけど、どうなんだろう。
誰かを好きになって、でも、その人とずっと一緒にはいられなかったすべての人に読んでほしい一冊。
絵本だけでなく、今後はこんな感じで小説も紹介していきたい。
そんないろいろなブログですが、これからもよろしくお願いします。
それではまた。