『志ん生の食卓』
美濃部美津子
新潮文庫
落語が好きな人ならだれでも知っている「昭和の名人」と呼ばれた五代目古今亭志ん生にまつわる食べものの話。
この本の著者の美濃部美津子さんは志ん生の娘であり、一時期はマネージメントも務めていたらしい。
妻の次に近くにいた彼女が見てきた志ん生の食生活、そして、その周りにいた家族の食生活について、口語体で、まるで噺を聴くかのように読むことができる一冊。
一時期落語にハマって、鈴本演芸場の寄席を観に行ったりもしていた。
就職してからは、ツタヤにある落語のCDをとにかくいろいろと借りてきて、通勤の車内で聴いたりもしていた。
朝から落語を聴いて出勤するのって、なかなかよかった。
当時はとりあえず就職した会社でやりたくない仕事をしていて、上司も嫌いだったし、毎日鬱屈としていた。
だから、朝は憂うつでしかなかったんだけど、落語を聴くとちゃんと笑わせてくれるし、余計なことを考えずにすんだ。
いまは、当時ほど朝が嫌いじゃないし、そもそも通勤時間が五分くらいなので落語を聴いているひまもないのだけど、また、まだ聴いていないCDを借りてこようかなという気もちになった。
『志ん生の食卓』では、まずは志ん生が好んだ食べものについて書かれている。
大の酒好きということは知っていた。
ので、やっぱりというかなんというか、あまり食べものには執着しなかったと書かれていて、すっと腑に落ちた。
でも、やっぱり独特な食べ方やこだわりというのはあって、たとえば天丼を食べる時には、半分くらいのところで、ほんの少し日本酒をかけ回して蓋をする。
そして、ちょっぴり蒸したところで残りをいただく。
そんな食べ方について、娘の美津子さんは「あたしは今後も試すことはありませんけどね」とばっさり。
これもまた、酒好きの志ん生らしい。
天丼を食べることも、外で日本酒をのむこともなかなかないけれど、いつか真似してみたいと思ってしまった。
ほかにも、酒にまつわる話は事欠かない。
関東大震災の時には、お酒がなくなるかもしれないと思ってすぐに酒屋に行って、そこで、酒をあおった話。
脳出血で倒れ、生死の境をさまよっていたのに、目を覚ましたら開口一番「酒くれ」と言った話。
倒れてからは身体のことを考えて、薄めた日本酒をのませていたという話。
そんなにも酒が好きな人なのに、どうして、食べものについての本なんだろうと思ってしまうくらい、酒に関する話が面白い。
でも、この本の良いところは、そういう、食に強いこだわりをもっていたり、グルメな人の話ではないというところなのかもしれない。
たぶん、世の中にも、食べものにあまり執着しないタイプの人っていると思う。
自分もそのひとりで、もちろん、美味しいものを食べられたらそれはそれで嬉しいことなんだろうけど、お腹が空いた時って、あたたかいご飯に明太子をのせて食べたらそれでもう十分な幸せというか。
なので、高級フランス料理がどうのこうのとか、こだわり抜いた食材と下処理のテクニックが云々っていうことにあんまり興味がない。
ので、こういう食に対する意識がそう高くはない人の話を読むと、とても安心するというかなんというか。
でも、ヘンなこだわりみたいなものはやっぱりあるわけで。
そういう意味では、この本は食通向きの本というよりも、食よりも大事なものがある人が読んだ方が共感できる本なのかもしれない。
それから、この本を読んで、『しゃべれども しゃべれども』の映画を観なおした。
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前に何度も観たんだけど、作品の雰囲気がすごく良くって(登場人物はぴりぴりしていたりするんだけど)、もしかしたらこの映画がきっかけだったのかも。
自分が落語にハマったのって。
原作の佐藤多佳子さんの小説も読みごたえがあって面白かった。
読んだのはもう何年も前だけど、また落語熱が盛り上がってきたころに読み返したい。
落語については全然詳しくないので、詳しい人にいろいろと教えてもらいたいくらい。
『志ん生の食卓』の巻末には「替り目」が収録されている。
酒好きの志ん生にぴったりの、酒飲みの主人とその女房の噺で、読んでいるだけで聴いたことのある志ん生の声で再生される。
落語好きにも、まだ落語が好きでない人にも読んでほしい一冊。
それではまた。