本棚のすき間

絵本や小説、図書館についてなど、本全般について書いています。

学校司書冥利に尽きるのはどんな時か

学校司書になってみて、初めて知ったことがあります。

それは、学校にいる先生の中で、音楽の先生と保健の先生と司書だけが全校と関わることができる、ということです。

 

もちろん、校長先生や教頭先生もできるはできます。

でも、ふつうはそんなに関わらない児童の方が多いのではないでしょうか。

よっぽど、子どもたちに積極的に関わっていこうとする校長先生なんかは違うのかもしれませんが。

 

保健の先生も、そう毎日子どもたちと顔を合わせるわけでもないと思います。

そんな学校があったら、きっと子どもたちは傷だらけなのでしょう。

 

そう考えると、音楽の先生と、司書だけが日常的に子どもたちと顔を合わせている、ということになります。

これって、実際に司書になるまでは想像もしなかったことですが、なかなか凄いことです。

 

何かの行事があって、いろんな学年の子と接するという時にも、どの子どもも知っている子なのです。

というのも、小学校には図書の時間というのがあって、各クラス毎週一回ずつ図書館に来るようになっているというのが大きいです。

 

しかも、給食を各クラスに回っていったりもしているので、なお、子どもたちとはまんべんなく親しくなることができます。

 

担任の先生なんかは、自分のクラスと、よくても同じ学年のほかのクラスの子や、もっているクラブの子、地区担当の子辺りでしょう。

ほかの学年の子とも積極的に絡んでいく、というアグレッシブな先生もいたりしますが、それでも、全校、とまではいかないでしょう。

 

別に、じぶんが偉いわけでもなんでもないのですが、司書というのはそういう意味では教員よりも子どもたちを知っている存在だったりするのです。

もちろん一人ひとりの深い部分については、より身近でより長い時間一緒に過ごしている教員の方が知っているでしょうけども。

 

広く浅くではありますが、勤務校の全校とコミュニケーションをとるチャンスがある。

というのは、素敵なことです。

 

学童に通っている子どもたちが大勢いるところに行ったりなんかしても、どの学年の子ともしゃべれますし、その個性もわかっています。

スーパーなんかで出くわしても(ちょっと恥ずかしいこともありますが)、みんなわかります。

 

担任の先生ほど身近ではないけれど、話を聞いてくれそうな先生、という雰囲気が、図書館という場所の助けもあってあるのでしょう。

ときおり、子どもたちの切なる相談を受けたりもします。

 

だれだれにこんな風に言われていやだった、ということや、お家でこんなことがあった、というプライベートなことまで。

それからこれが一番多いかもしれません。

 

担任の先生に対する文句。

 

でも、これにもいろいろ種類がある気がしていて、本当に担任の先生のことをいやだと思っていて、こういう不満がある、と訴えてくる子もいれば、親しみのこもった文句の言い方なのが露骨にわかる子もいます。

 

なんだかんだ言って、先生のこときらいじゃないでしょう。

そんなことを感じてにやにやできるのも、学校司書の醍醐味かもしれません。

 

司書としてこれまで、700人以上の子どもたちと接してきました。

その子どもたちみんなの成長を感じとれ、うれしく思うことができるのをいまから楽しみにしています。

 

700人の甥っ子がいるみたいな感じです。

子どもの成長を近くで見守ることのできる仕事って、なかなかいいものです。

 

学校司書になって、そんなことを思いました。

 

それではまた。

司書と先生がつくる学校図書館

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