本棚のすき間

読書・書店・学校図書館についてのあれこれ

図書コーナーのある塾を作りたい学校司書の話

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以前にこちらの記事でも書きましたが、現在、私は小学校の司書をしながら、夜には塾で講師の仕事をかけもちしています。

そして、塾に、生徒たちが手に取れる本棚を設置したい(あわよくば図書館のように)と思っていました。

 

塾長の方でも、考えとしてあるにはあったそうなのですが、児童書やYAに関する知識がないことを理由に頓挫していた、とのことで。

それならば、書店員経験もあり、また、小学校ですが、学校司書である自分がその中身を任せてもらいたいと願いでたところ、こちらも驚くような速さで、塾長が写真のような本棚を購入してくださいました。

 

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家にあったら、ふつうにテンションが上がるサイズの本棚です。

ざっと、200冊以上は入りそうです。

 

こういうのって、経費もかかりますし、提案はしてみてもなかなかすぐには動いてもらえないというイメージが自分の中であったので、驚いたとともに感激しました。

ありがとうございます、塾長。

 

そんなわけで、これからこの棚を生徒向けの本で埋めていくことになるわけですが、なんだかとてもわくわくしてきました。

 

 

この時期の受験生にはあまりおすすめできませんが、読書習慣を身に付けるということは、学習面にけっこうな影響を与えることと思います。

 

まずは、集中して文章と向き合うこと。

勉強するのが苦手な子の多くは、そもそも、長い文章をこつこつ読むこと自体が苦手なように思います。

 

国語はもちろん、数学にしろ、社会にしろ、どの教科においても、文章を読んでそこに書かれていることを理解するという力は必要です。

点数が伸びない子の何割かは、きちんと読むことを面倒くさがったり、大事なところをすっ飛ばしていたりします。

 

読書をすればそうしたことを必ず克服できるとは言えませんが、少なくとも、問題文を読むという最初のハードルを越えやすくはなるのではないでしょうか。

 

そしてそれができるための集中力というのを養うという点でも、読書は有効な手段なのではないかと考えています。

 

 

そんなわけで、直接的なテストや受験対策とは異なりますが、すべての教科に繋がる読解力の基礎作りという点で、この本棚が少しでも生徒たちの助けになればいいなというのが私の願いであります。

 

デメリットとしては、本をあまりに好きになりすぎて、読書に夢中になって勉強が手につかなくなる可能性がなきにしもあらず、ということくらいでしょうか。

なかなか、そこまでの読書体験をすることができる子というのも稀でしょうけども、それくらい、だれかの心に響くような本棚にできたらうれしいです。

 

 

何の本を入れようかと、今からわくわくしているところです。

中学校にある本ばかりを置いておいても仕方がない気がするのですが、あまり一般向けのもので、不適切(?)な描写があるものもどうかなと……。

 

でも、今の子たちって、そういういわゆる大人が眉をひそめるような創作物に触れる機会というのが、どちらかといえば少なくないのではないでしょうか。

 

タブレットを自由に使える環境にあってネットも繋がっていれば、いくらでも、大人が見てほしくないものを見ることができてしまいます。

自分の家ではフィルターをかけられていたり、制限があったりしても、ゆるい友だちの家に行って見るということも。

 

大人の潔癖さの増長に反して、子どもたちの手の届く範囲に、もう防ぎきれないほどのあれこれが溢れている気がします。

ネットリテラシーの重要性に気がつき、目を向けることのできる家庭というのが増えていくといいのですが(学校では無理でしょう)。

 

それに、ネットだけでなく、児童文庫のレーベルでも、最近目に見えてグロ系の作品がたくさん出ています。

私の周りの司書たちは、子どもたちがそうした本を借りていくことにかなりの嫌悪感を抱いているようですが、そんなに嫌なのであればどうにでもして図書館からそれらの本を排除すればいいのに、と思います。

でも、まあ、いろんな理由があってそうしないのでしょうね。

 

 

個人的には、そうした過激なものがどこにでもあるというのはいかがなものかとは思います。(最近ニュースになっていた、コンビニの成人向け雑誌コーナーの販売中止という話もいいと思います)

 

でも、思春期であれば、性的なものだったり、人には言えないような何かだったりというものを抱えている方が多数派なのではないでしょうか。

そうしたものへの興味関心、切なるものが強くある子であれば、どんなに隠されていても、たどり着くまで探求するはずです。

皆さんも、そういう経験はあるのではないでしょうか?

 

適切な時期に、正しい知識や知りたい事柄に出合うということは、けっこう大事なことのような気がします。

特に、人には相談できないような内容のことだったりすればなおさら。

 

 

何をうだうだ書いているのかと言いますと、どこまでの描写の本を塾の本棚に置いてよしとするか、ということです。

 

純文学にしろ大衆文学にしろ、セックス等性的に過激な(?)シーンというのは、多くの作品で出てきますよね。

そうした描写を子どもに読ませることを「害」だと考える人が一定数いるということはわかっているので、どうしても慎重になってしまいます。

 

でも、中学生のうちに読んでおいて損はない、というか、物語としてとても面白い作品というのもたくさんありますよね。

 

たとえば、私は川島誠さんの作品が好きなのですが、児童や学生が主人公であるだいたいどの物語にも、比較的過激な(と言っていい)描写があったりします。

800 (角川文庫)

800 (角川文庫)

 

『800』なんてまさにそのオンパレードで、800メートル走という、陸上競技を中心に物語は進んでいくんですが、そこには、二種類の汗のにおいが充満しています。

 

それは、スポーツ的な汗と、性的な汗です。

 

そんな淫らな、と思う人もいれば、いいやむしろこれは健全だと言う人もいるでしょう。

その主張のぶつかり自体、健全だと私は思います。

 

でも、文学作品って、そうしたシーンを切り取って、顕微鏡で調べて、害があるかどうかってそういうものではないと思うんです。

それを否定することって、人間そのものを否定することになるような気さえします。

 

 

うーん。

こういうのって、少数派なのかな。

書いていたらよくわからなくなってきました。

 

 

 

とにかく、中学生向けの本棚をこれから作っていきます。

実はあんまりごちゃごちゃ考えなくても、子どもたちは自分たちで取捨選択をしてくれるものだったりするのかもしれません。

時には、トラウマになる出合いもあるかもしれませんが。

 

トラウマといえば、先ほど紹介した川島誠さんの『電話がなっている』、この短編は数多くの子どもたちにトラウマを植えつけた名作です。

私は大好きです、この作品。

セカンド・ショット (角川文庫)

セカンド・ショット (角川文庫)

 

『セカンド・ショット』という短編集に収録されているので、トラウマ文学とは? と思った方はぜひ読んでみてください。

 

長々とお読みいただきありがとうございました。

それではまた。