百人一首を第一首から学ぶ(21・22)
21首目
今来こむと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな
素性法師
訳
「今すぐ行くよ」と言ったから九月の長い夜を待ち続けていたのに、夜明けの月が出てきてしまった。
素性法師は生没年不明。
清和天皇に仕え、左近将監にまで昇進するも、父の命令により出家しました。
この父というのは、12首目に登場した僧正遍昭です。
解説
いくら待ってもやって来ない恋人と、待ってもいないのに出てきてしまった夜明けの月を対比することで、やるせない女性の気持ちを詠った一首です。
作者の素性法師は男性ですが、女性の気持ちをよく表した歌として、多くの女性から支持を得ました。
「長月」とは旧暦でいう9月のことを指します。
が、この歌には女性が恋人を待っていた期間について、ふたつの解釈があります。
ひとつは、逢瀬の約束から一晩待っていたという説です。
この解釈だと、秋の夜長に待ちぼうけをさせられていた女性の愚痴、といったニュアンスでとらえることができます。
もうひとつは、長月の間、つまり一ヵ月に渡って待ち続けたという説です。
こちらの解釈だと、女性の気持ちは愚痴といった軽いものではなく、悲痛さを帯びて伝わってきます。
(藤原定家は後者の解釈の説をとなえているそうです)
当時は、待つことしか手立てのないじょせいにとって、男性との約束は希望と同じでした。
それに対して裏切られたやるせなさがにじんでいる歌です。
22首目
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ
文屋康秀
訳
風が吹くと、すぐに飽きの草木があらされてしまう。
なるほど、だから山から吹く風を嵐というのだな。
文屋康秀は生年不詳~885年頃没。
小野小町と親交があり、三河国に赴任する際、彼女を誘ったともいわれています。
解説
文屋康秀はそれほど出世をした人物ではありませんでした。
和歌においても、あまり高い評価はされていなかったようです。
紀貫之は『古今和歌集』の仮名序で「詞はたくみにて、そのさま身におはず、いはば商人のよき衣着たらんがごとし」と述べています。
つまり、「言葉は巧みだが、その様子は俗っぽい。商人が上品な衣を着ているようなものだ」とかなり辛辣に評しています。
そんな文屋康秀が詠んだのがこの歌です。
「~からに」は「~するとすぐに」という意味で、「しをる」は植物がしおれる様を示しています。
「むべ」は感嘆、納得の副詞になります。
歌を意訳すると「山からの強い風が吹くと、植物を荒らして枯らしてしまう。だから嵐というんだなあ」となります。
激しい風を見て、漢字の成り立ちに納得しているだけなのですが、文にリズムがあります。