本棚のすき間

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【百人一首】を第一首から学ぶ(23・24)

23首目

月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど

大江千里

 

秋の月を見ていると、いろいろともの思いに耽ってしまう。

私ひとりのために訪れた秋ではないけれど。

 

 

大江千里は生没年不詳。

平安時代前期の学者・歌人で、宇多天皇の命で『句題和歌』を選集しています。

 

 

解説

「ちぢ」は「千々」で「数が多いこと」を表現する言葉です。

下の句の「ひとつ」と対応しています。

下の句も、本来なら「私ひとり」と表現していいところなのに、わざと「ひとつ」と詠んだのも「千々」に対応させるためでしょう。

 

「もの」は「自分を取り巻くいろんな事象」を示し、「悲し」と合わせると「いろんなことがなんとなくもの悲しく思える」となります。

 

この歌の最大のポイントは、下の句の「わが身ひとつの 秋にはあらねど」でしょう。

「私ひとりだけの秋ではないけれど」という否定&逆説で終わることで、その裏にある「でも自分ひとりだけが寂しい気がする」という心情をわざと見え隠れさせています。

 

唐の詩人・白居易の作品の一節「秋来つて只だ一人の為に長し」を踏まえていて、漢詩も得意とした大江千里らしい一首です。

 

893年ごろ、是貞親王家で開かれた歌合で披露され、同じ時に文屋康秀の名歌「吹くからに 秋の草木のしをむれば むべ山風を 嵐といふらむ」も詠まれました。

 

 

この歌のように、秋をもの悲しい季節だと感じるようになったのは、この時代に流行した漢詩文の影響が大きいとも言われています。

 

 

 

24首目

このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに

菅家

 

今度の旅は急だったため、お供えの幣を用意できませんでしたが、美しい紅葉をお受け取りください。

 

 

菅家は845年生~903年没。

菅家とは、菅原道真を神格化してよんだ名です。

「学問の神様」として知られる道真。

宇多天皇から醍醐天皇の時代まで朝廷に仕えて右大臣に出世しますが、藤原時平におとしいれられ、九州の大宰府に追いやられます。

死後、時平を恨み、怨霊となり、京の都に災いをもたらしたとされています。

その後、人々は北野天満宮を建て、道真の霊を祀りました。

 

 

解説

菅原道真が宇多上皇のお供として吉野の宮滝(現在の奈良県)へ出かけた際に詠んだとされる歌です。

「このたびは」の「たび」は、「度」と「旅」の掛詞で、両方の意味が含まれています。

「幣」とは、色とりどりの木綿や紙を細かく切ったもので、道祖神にお供えして旅の安全を祈るという風習がありました。

 

「とりあへず」は、現在使われている「とりあえず」という意味とは異なり、「取り揃える暇がない」といった意味合いを持っています。

 

「手向山」は具体的な地名ではなく、神に幣をささげる山のことです。

 

最後の「神のまにまに」は、「神の御心のままに」という表現で、その後には省略されていますが「お受け取りください」というニュアンスが隠されています。

 

 

旅の途中、一行は道祖神にお供えする幣を忘れてきたことに気がつきます。

そこで、道真が幣の代わりに、錦織のように鮮やかな紅葉をお供えすることを提案したのです。

さすがは学問の神様といったところでしょうか。

 

また、別の解釈では、実は用意するのを忘れたわけではなく、あまりの紅葉の美しさにひかれた道真が、粋な計らいを見せたのではという話もあります。

 

小学生のまんが百人一首辞典 改訂版

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