百人一首を第一首から学ぶ(33・34)
33首目
久方の 光のどけき 春の日に しづごころなく 花の散るらむ
紀友則
訳
光ものどかに射している、おだやかな春の日。
どうして落ち着いた心もなく、桜はあわただしく散っていくのだろうか。
紀友則は845年生~907年没。
紀貫之の従兄弟。
40歳過ぎまで無官だったが和歌は巧みで多くの歌合に出詠しました。
紀貫之・壬生忠岑と共に『古今和歌集』の撰者でしたが完成を見ずに没しました。
解説
百人一首の中でも最大級の知名度を誇る歌です。
この歌だけは知っているという人も多いでしょう。
「久方の」は「日」「月」「空」などの天空に関係する言葉の枕詞で、「光のどっき」は「光がおだやかな」と「のんびりした」というダブルミーニングとなっています。
「しづごころ」は文字通り「静かな心、落ち着いた心」です。
それがないので、「あわただしい」という意味になります。
そして、古来から和歌で登場する花といえば桜です。
「~らむ」は原因や理由を推量する助動詞なので「どうして桜は散るのだろうか?」という疑問形になります。
つまり、友則は桜を擬人化したうえで、「こんなのんびりした春の日にあわただしく花を散らす桜」に疑問を持っているのです。
なかなか出世できなかった作者は「花咲かぬ木をなにに植ゑけん」と、自分を花が咲かない木にもたとえていました。
この歌でも、散るさだめの花を通じて、この世の運命を表現しているようです。
平安時代の桜は、比較的明るいイメージでした。
死の印象が付くのは江戸時代以降の話。
34首目
誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに
藤原興風
訳
いったい誰を親しい友人とすればいいのか。
おなじく長寿だとしても、高砂の松は長年の友人の代わりにはなり得ない。
藤原の興風は生没年不詳。
三十六歌仙のひとりで、笛や琵琶などの演奏も得意で、琴の名手としても知られていました。
解説
気のおけない友人たちが、一人また一人と亡くなっていき、自分だけが取り残されていくような孤独感を詠んだ一首です。
歳をとった作者が、旧友に次々と先立たれていくことへの嘆きが伝わってきます。
松は、冬でも青あおとした葉をつけるため、長寿の象徴として扱われることが多かったのですが、この歌では、歳をとった作者自身と重ね合わせて詠まれています。
高砂は今の兵庫県高砂市で、松の名所です。
特に、「相生の松」と呼ばれる松は夫婦の長寿をあらわすご神木として知られています。