本棚のすき間

絵本や小説、図書館についてなど、本全般について書いています。

子どもの頃離任式で泣いたことなんてなかった司書の話

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離任式でどんな話をしようかと考えている。

まだ、その日まではずい分日にちがあるけど、わりと心配性な性質なので、こういうのは早めに決めておきたい。

 

一年前にも、離任式の壇上に立った。

前任校では二年勤務して、ようやく子どもたちとの信頼関係ができ始めたところでの転任だったので、けっこうショックだったり感慨深かったり、いろんな想いを込めてのあいさつとなった。

 

そこで一つ、失敗したなあと思ったことがあって。

 

事前にきちんと準備をして、練習もしっかりして、そして万全の態勢で本番を迎えたい。

そう思った私は、蔵書点検中、図書館に誰も入ってこないのをいいことに、機械で本のバーコードを読み込みながら、離任式でのあいさつの練習をしていました。

 

でも、声に出しているうちに、二年間のいろんな思い出がぶわーっと頭の中にあふれてきて、切なくなってきてしまった。

そして、誰もいない図書館でひとり泣いている司書という。

 

スピーチとか、できればしたくない人間なので、何度か練習しようと思ったものの、何度やっても途中で泣いてしまう。

そこで、あぁ自分はこの学校のことが、この学校の児童のことや先生のことがとても好きだったんだなということがよくわかった。

 

そんな風にして、目を真っ赤にしながら蔵書点検を終え、やがて卒業式・離任式の日に。

転任する先生って、こんなに切ない気もちになるんだ、って、子どもの頃はまったく考えもしなかった。

でも、もう子どもたちの顔を見ているだけで、なにかこみあげてくるものがある。

ので、なるべく見ないように、考えないように、ただ、卒業生が入場するドアの開閉係という自分に与えられていた仕事のことに意識を向けていた。

 

いっしょに転任する先生は五人ほど。

自分があいさつをする順番は、一番後だった。

 

校長先生を先頭に、一列になって、しんと静まり返った体育館へと入っていく。

近くまでくると、もうすでにすすり泣いている声が聞こえてくる。

体育館には、転任しない先生たちがすでにスタンバイしており、そこにいない先生は転任するのだということを、誰に教わらなくても、子どもたちはちゃんとわかっているのだろう。

 

離任式のステージに上った私は、練習した言葉を頭の中でくり返していた。

ほかの先生が喋っている間に、すすり泣きのボリュームが少しずつ上がっていく。

自分も、その声に、そして、ほかの先生の言葉につい涙がこみ上げてきそうになる。

壇上から見る子どもたちは、ぐしゃぐしゃに泣いているか、歯を食いしばってなにかをこらえるようにしているか、所在なげにしているかのどれかだった。

 

とうとう、自分の番が回ってきた。

右どなりにいる先生から渡されるマイク。

スイッチを入れる手が震えて、ひと言目の声がかすれる。

 

何度も何度も練習したあいさつだった。

そして、何度声に出してもどうしても泣いてしまった。

 

それが、いざ本番、子どもたちの顔を見ながら、そのあいさつを喋っていると、なぜだか全然涙は出てこずに、手と声ばかりがぶるぶる震えていた。

喋る内容は、完璧。

でも、涙が出てこない。

 

子どもたちは泣いている。

だれがどの先生のために泣いているのかはわからないけど、とにかく、この式のクライマックスといわんばかりに大勢が泣いているのが壇上から見える。

 

それなのに、泣けない。

練習ではあんなに泣けたのに。

べつに、泣いた方が美しいとか、泣いた方がいいというわけではないのだけれど、きっと本番も泣いてしまうだろうと思っていたから。

 

結局、喋り終えるまで、涙は一滴もこぼれてはこなかった。

あいさつの言葉はばっちりだった。

何度も練習をしたかいがあって、でも、だからきっと、泣けなかったのかも。

 

泣きたかった、というのとも違う。

でも、なんだろうこの虚無感。

そんな気持ちでいた司書がいたことなんて、誰も知らないし、知らなくていい。

 

 

心配性故に予想と違った結果になってしまったという、そんな話。

 

今年度は、一年しかいなかったから、去年に比べると感慨深さが正直あまりないんだけど、でも、振り返れば思い出はたくさんある。

 

あまり練習しすぎないようにして、でも、それでも不安じゃない程度にはやっておいて、当日を迎えようと思う。

700人の前で喋るのかぁ……。