本棚のすき間

読書・書店・学校図書館についてのあれこれ

【百人一首】を第一首から学ぶ(47・48)

百人一首を第一首から学ぶ(47・48)

 

47首目

八重むぐら 茂れる宿の 寂しきに 人こそ見えね 秋は来にけり

恵慶法師

 

つる草が何重にも生い茂って、荒れた家。

訪れる人は誰もいないが、それでも秋はやって来るのだなあ。

 

 

解説

「八重むぐら」のむぐらは、ツル科植物の総称です。

むぐらが何重にも生えていることから、荒廃した家などを象徴する言葉となりました。

 

「茂れる宿」は宿泊施設を示すのではなく、家、住処といった意味です。

寂しさ、侘しさに満ちた歌です。

 

詞書によると、嵯峨帝時代に栄華を誇った河原院(源融の邸宅)の荒れ果てた様を詠っているそうです。

いつまでも華やかな時代が続くわけではあんく、変わりゆく時代に訪れる秋という季節が、よりいっそうその寂しさを感じさせる歌です。

 

ちなみに、平安末期の説話集『今昔物語集』には、荒れ果てた河原院に幽霊が出るとのうわさもあったと書かれています。

が、作者だけでなく、すたれた場所を好む歌人たちは、ときどきこの地を訪れていたとも言われています。

 

 

恵慶法師は生没年不詳。

播磨国の国分寺の講師(僧侶の監督)でした。

平兼盛や源重之などと親しかったそうです。

歌人としては『拾遺和歌集』に初出しています。

 

 

 

48首目

風をいたみ 岩打つ波の おのれのみ くだけてものを 思ふころかな

源重之

 

風がとても激しいので、岩に打ち付ける波が自ら砕け散ってしまうように、私の心も砕けそうです。

 

 

解説

どれほど想いを伝えても心を動かさない恋人を「岩」に、それでも懸命にアタックし続ける自分を「波」になぞらえた歌です。

 

「くだけてものを思ふころかな」という表現は、平安時代にはよく使われていた慣用的な言い回しですが、それを岩にぶつかって千々に砕け散る波の姿と重ねることによって、叙情的な歌に昇華させています。

 

「風をいたみ」の「いたし」という言葉は「甚だしい」という意味を持つ形容詞で、「岩打つ波」とともに、荒れ狂う海の激しさを表現しています。

作者の心情の激しさを物語っています。

 

この歌で最大のポイントとなっているのは「おのれのみ」という句です。

恋人は、まるで岩のように何があってもまったく動じず、作者だけが何度も岩に打ち付ける波のように、心を打ち砕いているのです。

 

この歌は、上の句で「いたみ」「波」「おのれのみ」と「み」の音がくり返され、音の響きを味わうことができます。

百人一首の中で、この歌のほかに音の響きを楽しめる例として「名こそ流れて なほ聞こえけれ」の「な」の音の重なりや、「久方の 光のどけき 春の日に」の「は行」の音のくり返しなどがあげられます。

 

 

伊勢の歌集『伊勢集』には、「風吹けば いはうつ波の おのれのみ くだけてものを 思ふころかな」という、この歌によく似た歌がおさめられています。

 

 

源重之は生年不詳~1000年頃没。

清和天皇のひ孫。

源兼信の子で、伯父の参議兼忠の養子であり、三十六歌仙のひとり。

九州から東北を旅して、多くの歌を残したと言われています。

1日一首読んでなぞり書き 美しい字で脳を鍛える百人一首

1日一首読んでなぞり書き 美しい字で脳を鍛える百人一首