本棚のすき間

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【百人一首】を第一首から学ぶ(77・78)

百人一首を第一首から学ぶ(77・78)

 

77首目

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

崇徳院

 

川が岩にせき止められて二つに分かれてもまた合流するように、今は離れ離れになってもまた逢おう。

 

 

解説

崇徳院は天皇の子として産まれましたが、実の父親とは不仲でした。

弟に天皇の座を奪われるなど、過酷な運命をたどった人です。

 

この歌には、岩にせき止められて川の流れが二つに分かれていく様を、自分たちとの意思とは無関係に引き裂かれる恋人たちに喩え、川が再び合流するように自分たちもいつかはまた一緒になろうという思いが込められています。

 

「瀬」とは川底が浅く、流れが速い場所のことです。

「滝川」とは特定の地名ではなく、滝のように流れが速い川のことで、急流や激流といった意味になります。

川の流れの速さや激しさをくりかえし述べることで、恋人たちの熱量を表現しているのでしょう。

ここまでの上の句が序詞で、以下「われても末に」へと続きます。

 

「われても」が表しているのは、「川の流れが二つに分かれる」と「男女が別れる」という二つの意味です。

「末に」は「行く末」を示し、最後は強調の「ぞ」と「思ふ」を係り結びにして、再会に対する強い決意を表明しています。

 

保元の乱をおこして敗れた後に、讃岐に流された崇徳院。

その生涯を想うと、この歌も違った見え方がしてきそうな一首です。

 

ちなみに、保元の乱で敗れた崇徳院は、うらみ顔で髪の毛やひげを伸ばし放題にし、天狗の姿になったとも言われます。

そして、怨霊となり、京にたたりをもたらした崇徳院の魂は、死後700年が経ってから、京に迎え入れられました。

 

 

崇徳院は1119年生~1164年没。

鳥羽天皇の第一皇子で、第75代の天皇。

流刑先の讃岐国で崩御した。

 

 

 

78首目

淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に いくよ寝覚めぬ 須磨の関守

源兼昌

 

淡路島から海を渡って通ってくる千鳥の鳴き声に、幾夜、目を覚ましたことだろうか。

須磨の関守は。

 

 

解説

「千鳥」は水辺の小鳥の群れで、哀切を帯びた鳴き声が愛され歌のテーマにもよく使われました。

「須磨」はかつて、都から西国に向かう交通の要所で、関所もありました。

『源氏物語』須磨の巻で、老いた光源氏が「友千鳥 もろ声になく 暁は ひとり寝覚めの 床もたのもし」と詠んだ歌を踏まえての歌になっています。

 

ちなみにこの歌には、兼昌が実際に須磨に行って詠んだという説と、行かずに詠んだという二つの説があります。

 

 

源兼昌は生没年不詳。

官位に恵まれず、出家。

藤原忠通の主催する歌壇で活躍しました。

 

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