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【百人一首】を第一首から学ぶ(89・90)

百人一首を第一首から学ぶ(89・90)

 

89首目

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

式子内親王

 

私の命よ、絶えるのであれば絶えてしまいなさい。

このまま生きながらえてしまえば、秘密の恋を耐え忍ぶことができなくなり、人に知られてしまっては困るから。

 

 

解説

百人一首を代表するような恋の歌です。

「玉の緒」はもともとは首飾りなどで使う玉を貫いた緒(紐)のことで、ここでは「魂(玉)をつなぐ緒」を象徴しています。

 

「弱りもぞする」からは、ままならない自分の気持ちに懊悩する悲しみが伝わってきます。

 

詠み人の式子内親王は加茂神社斎院を勤めあげましたが、叔母に呪詛をかけた疑いや、九条兼実による財産横領、同母弟・以仁王の挙兵に連座など、波乱の人生を歩みました。

歌壇活動の記録は少ないですが、残る作品はどれも質が高く、三分の一以上が『千載和歌集』に掲載されています。

 

ちなみにこの歌は、定家との関係のことを詠んだ歌とも言われています。

というのも、定家の父親、俊成が、定家の部屋に入るとこの歌があったために、二人の関係を知った、と言われているのです。

 

 

式子内親王は1149年生~1201年没。

後白河天皇の第三皇女で、加茂斎院。

 

 

 

90首目

見せばやな 雄島の海人の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色はかはらず

殷富門院大輔

 

あなたに見せたいものです。

恋い焦がれるあまり流した血の涙をぬぐい、紅にそまってしまった私の袖を。

あの雄島の海人の袖でさえ、濡れに濡れても色が変わらないというのに。

 

 

解説

雄島は陸奥の枕詞であり、宮城県の景勝地・松島にある島の一つです。

和歌では「海人」と合わせられることが多くあります。

雄島の海人の袖は波で濡れるが、私の袖は恋の涙で濡れるといった連想が、和歌の世界では定番だったのです。

 

もともと、この歌は歌合の際に作者が100年ほど前の歌人・源重之が詠んだ「松島や 雄島の磯に あさりせし あまの袖こそ かくは濡れしか」を本歌取りして詠んだものです。

 

本歌取りとは、昔の名歌の一部を引用したり、アレンジして歌うことで、相応の知識とテクニックが必要になります。

殷富門院大輔は本歌取りの作品の多い歌人です。

 

「血涙」は中国古典に由来し、紀元前の『韓非子』にも登場します。

本来は怒り、悲しみ、悔しさなどから流す涙のことですが、当時の日本の歌壇では「強い恋心」のキーワードとして使われていました。

 

 

殷富門院大輔は1130生~1200年頃没。

若いころから後白河上皇の第一皇子・殷富門院に出仕。

女房三十六歌仙のひとりに数えられ、同時代の小侍従がよきライバルだったと言われています。

 

 

日本文学全集第二期(全12巻セット)

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