百人一首を第一首から学ぶ(93・94)
93首目
世の中は 常にもがもな 渚こぐ 海人の小船の 綱手かなしも
鎌倉右大臣
訳
世の中は常に変わらないであってほしいなあ。
波打ち際をこいでいく漁師の小舟が綱で引かれていく様子は、しみじみと心を動かされるものです。
解説
鎌倉の海で眺めた光景を詠んだ歌です。
漁師が引き綱を引く様子をとり上げて、変わることのない穏やかな日常が、ずっと続いてほしいという願いが込められています。
鎌倉右大臣は1192年生~1219年没。
鎌倉幕府をひらいた源頼朝と北条政子の次男・源実朝。
兄の急死により12歳で将軍となり、政治の世界に翻弄され、最期は28歳の若さで暗殺されました。
実朝は和歌やけまりなど京の文化にあこがれましたが、生涯一度も行けませんでした。
94首目
み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり
参議雅経
訳
吉野の山の秋風が夜更けに吹き渡り、昔離宮があった吉野の里は冷え込み、衣をうつ砧の音が寒々と聞こえてきます。
解説
奈良の吉野山はかつて天皇の離宮があり、栄えた里です。
現在でも桜や紅葉の名所ですが、この歌の吉野は冬。
にぎやかさとは無縁で、寒風吹きすさぶ夜、「衣うつ」音だけが響くのです。
坂上是則の「み吉野の 山の白雪 つもるらし ふるさと寒く なりまさるなり」の本歌取りです。
かつて天皇の離宮があった地として栄えた場所が、ひっそりと姿を変えてしまったさびしさも感じられます。
砧というのは、木づちや石の台のことです。
当時、衣服の布はかたかったため、衣を打つのは晩秋の女性の役目でした。
参議雅経は1170年生~1221年没。
後鳥羽上皇の近臣として活躍しました。
また、『新古今集』の撰者のひとりで、けまりの才能にも長け、飛鳥井流の祖となりました。