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【百人一首】を第一首から学ぶ(97・98)

百人一首を第一首から学ぶ(97・98)

 

97首目

来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ

権中納言定家

 

いくら待っても来ない人を待つ私は、松帆の浦の浜辺で夕方に焼かれている藻塩のように、あなたに恋焦がれ、この身をじりじりと焼かれるような想いでいます。

 

 

解説

小倉百人一首の選者である藤原定家本人による自選歌です。

恋人を待ち焦がれる女性の気持ちを詠った歌で、自らの一首を選べないでいた定家が、ある女性からの助言で選出したと言われています。

 

「まつほの浦」は、兵庫県淡路島北端にある海岸の地名で、「待つ」の掛詞になっています。

この地域では古くから製塩が盛んで、当時は海水を染み込ませた藻塩を焼き、水に溶かしてから煮詰めるという製法がとられていました。

「焼くや藻塩」という表現は、沿岸で海藻が焼かれる情景を表し、次の「こがれ」を導き出す序詞になっています。

 

「こがれ」には、「藻塩が焼けこげること」と「好きな人に恋い焦がれること」という二つの意味が込められており、浜辺の風景と女性の気持ちを重ねています。

 

「つつ」は反復の接続助詞で、「その状態が続いていること」を示しています。

定家は、このように心情を風景に重ねて読む心象表現を得意としていました。

 

「まつほの浦」は、百人一首以前は『万葉集』に一首、この地名が詠まれた歌があるだけでした。

百人一首にこの歌が選ばれたことから、歌枕として定着したと言われています。

 

 

権中納言定家は1162年生~1241年没。

『新古今和歌集』や『新勅撰和歌集』を選出したほか、『毎月抄』などの歌論書も執筆しました。

 

 

 

98首目

風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける

従二位家隆

 

楢の梢を涼しげな風がそよいでいる。

ならの小川の夕暮れはすっかり秋の気配となっている。

六月祓の行事だけが、今が夏であることの証になっているなあ。

 

 

解説

藤原道長の娘が後堀河天皇の中宮になるときに贈られた「屏風歌」です。

 

「ならの小川」は、奈良ではなくて京都市北区にある上賀茂神社のそばを流れる御手洗川のことです。

「風そよぐ なら」で、樹木の「楢」も掛かっていることがわかります。

「みそぎ」は6月30日に行われる神事「六月祓」を示しています。

 

古来より、6月と12月の晦日には、半年ごとの穢れを浄化するために大規模な神事を行っていました。

6月の神事は「夏越しの祓」ともいわれ、現在でも各地の神社で茅の輪くぐりが行われています。

上賀茂神社では現在でも、穢れを乗せた人形を「ならの小川」に流す神事が、厳かに行われているのです。

 

 

従二位家隆は1158年生~1237年没。

鎌倉時代初期の公卿。

『新古今和歌集』の選者のひとり。

藤原俊成の弟子で、寂蓮の婿養子だったといわれています。

後鳥羽上皇の院歌壇で活躍。

 

ひとりでできる 小倉百人一首 読み上げ機付き

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