『サバティカル』中村航
読みました。
新刊が出たら、迷うことなくそれをレジに持っていく作家のひとりが、中村航さんです。
こちらの記事で、好きになったきっかけを書いています。
今作、表紙が宮尾和孝でないのが個人的には少しさみしかったです。
初期の中村航さんの作品は、全部宮尾さんが描いていたので、そのイメージがついてしまっていて、どうしても。
そういうのってありませんか?
新刊の紹介ということで、これから読む方はネタバレがあるので読まない方がいいかもしれません。
自己責任でお願いします。
『サバティカル』あらすじ
30歳を過ぎて、主人公の僕は5ヶ月間の休暇を得る。
言葉にすれば、それは単なる次の職場までの離職期間に過ぎないけれど、でも、あと少しの勤務となる現在の会社の同僚、門前さんとの車中の会話でその価値に気づいていく。
サバティカルというのは、旧約聖書における「神が六日間働いて世界を創り、七日目を"sabbaticus"すなわち安息日とした」という話にちなんでつくられた制度、長期の休暇。
そして、引継ぎ業務も終わり、自由を手に入れた僕は、あまりにも多い選択肢を整理するために、それらを一つずつタスク化していく。
アイデア、やるべきこと、やっていること、やり終えたこと。
公園で、絵を描くというのも、その中の、やるべきこと、そして、やっていることの一つになった。
以前付き合っていた人のいた、最後の風景。
そこに、ひとりの老人が将棋をさそうと誘ってくる。
僕の師匠となった彼の話をきいていると、借金をして、離婚し、子どもともしばらく会っていないということを知る。
「探してみましょうか」
と僕は提案する。
かつて住んでいたという家の住所と、名前、それだけを手掛かりに、僕は師匠の娘を探しはじめる……。
感想など
予想していた、長期休暇中の大人の冒険譚みたいなものとは、全然違っていました。
ちょっと肩すかしな部分もないでもないけど、これはこれで。
香奈さんと親しくなってから、よくある展開になるのかと思いきや、帯にも書かれている「アセクシャル」という、他者に対して恋愛感情や性的な欲求を抱かない、「無性愛」とも呼ばれる感覚に焦点が当たっていきます。
主人公の、最初からずっと漂っていた、どこか冷めたような目線、考え方にとてもしっくりきました。
以前付き合っていた彼女は、じぶんと近い感覚を持っていました。
何かを諦めかけていた時に、それを救ってくれる誰かがいる、けれど、いつしかその誰かを傷つけ、傷つけられる……
そんな絶望的な状況を救ったのは、仕事であり、忙殺された日々でした。
仕事に救われる人もいる、というのは新鮮でした。
読んでいて、自分は何を諦めてきて、何をまだ諦めてないんだろう? と思いました。
考え始めると、とめどなくいろんな物事があふれてきます。
香奈さんの、父親のいない家庭に育ったけれど、でも、そういうものだという感覚で育ってきたという部分には心の底から共感しました。
起こっている、とか、どうしたい、というのもない、ただよくわからないこと。
諦めるまでもなく、気づいたら捨てていた、こぼれ落ちていた、というものもあるのかも。
印象的だったのが「少し寂しいくらいがちょうどいいんだよね」という香奈さんの台詞。
誰かを好きになった瞬間から、寂しさとのせめぎ合いが始まります。
それは人によっては耐えられないほどのものであり、でも、それを越えて、ジャンプしなければ見えないものもあるのでしょう。
主人公のサバティカルはあっという間に終わってしまいます。
でも、主人公にとって、人生において、大切な何かを得ることができたのではないか、という終わり方に思えなくもありません。
個人的には、門前さんに報告をするところもがっつり読みたかったです。
どんな風に過ごしてきたと言うのか、言わないのか。
大人になると、たくさんの宿題を抱え込んでいるのに、それを消化する時間がなかなかありません。
こんな風に、サバティカル休暇が誰にでもあって、それぞれの宿題と向き合える、そんな世の中は、悪くないのかもしれません。