本棚のすき間

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【ボタン恐怖症】の症状・きっかけ・克服方法について

先日こちらの記事で書いたボタン恐怖症について、もう少し調べてみました。 

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ボタン恐怖症について

そもそも恐怖症いうのは、ある特定のものに対して異常な恐怖感を抱く、というものをさします。

 

ボタン恐怖症とは

ボタンを「怖い」と感じることが多いようですが、強い嫌悪感や吐き気を催したり、パニックになる人もいます。

大きなボタンがだめ、小さいのがだめ、装飾が施されているのがだめ、シンプルなボタンらしいボタンがだめ、など、人によって、特に嫌なボタンの形状・大きさも異なります。

 

また、服についているボタン・単体でそこにあるボタン、など、どういった状況のボタンがより嫌悪感を感じさせるかというのも、人によってそれぞれのようです。

 

有名人では、落語家の林家たい平さんも、この恐怖症に悩まされていることを、アナザースカイという番組でカミングアウトされました。

 

ボタン恐怖症になるきっかけとは

犬に追いかけられたことがきっかけで、犬に恐怖感を抱く、という話や、腐ったものを食べてしまい、それ以来食べられなくなった、という話など、なんらかのトラウマを抱え、それ以降、心が受け付けなくなった、という経験は誰しもが持っているかと思います。

 

ボタン恐怖症も、幼いころ、ボタンをとめるのがうまくいかず、母親や保育士に厳しく叱られ罵倒されたりして、それがトラウマとなってボタンに対する恐怖心が生まれる、ということもあります。

 

また、ボタンに関連した何らかの経験がトラウマとなり、それからボタンを見たり触れたりするだけで、強い嫌悪感を抱き、パニックになってしまう、ということもあるようです。

全員が全員、同じ経験をしたからといって、同じように恐怖症になるわけではありません。

それぞれの状況によっては、小さなことでも、後を引いてついには恐怖症にまで、ということもあるのでしょう。

 

自力での克服とカウンセリング

症状の軽重によってですが、克服できそうな軽度レベルであれば、「少しずつ慣れていく」ということで、ボタンに対する恐怖心を取り除いていくこともできるようです。

ボタンの素材や形状等によっては、「それほど怖くないボタン」というのもあります。

無理のない程度に、自身が大丈夫と思えるボタンから克服していく、というのも、一つの手です。

 

そうした手段が考えられないほどの強い症状がある場合には、受診をすることがすすめられています。

専門家によるカウンセリングによって、対象について捉え方を変えていったり、できる範囲で向き合っていったりと、段階的な症状の緩和を目指してアプローチする方法です。

 

実際にボタン恐怖症の子どもの話

こちらの記事に、自身のお子さんが服を着ることを嫌がり、ボタン恐怖症であることに気づいた話が書かれています。

「ボタン恐怖症」なんてものがあるなんて、娘がなるまで知らなかった | ハフポスト

それは「フィビュラノフォビ(fibulanophobie)」と呼ぶそうです。これはラテン語で衣服や髪につける留め具を意味する「fibula」に、恐れや恐怖を意味するギリシア語の「phobie」をつけたもの。「phobie」とはとても強い恐怖、苦悩、嫌悪のことです。わたし自身「マスカフォビ(maskaphobie、仮面恐怖症)」で、同時に「クルロフォビ」(coulrophobie、ピエロ恐怖症)でもあります。恐怖症とは非理性的で非合理的なもので、原因はわからないことがしばしば。症状があまりにも強いときは、行動療法を受ける必要も出てきます。

娘の症状を確かめるために、わたしは少し意地悪なテストをしてみました。子どもたちと一緒に買い物に行ったとき、『アナと雪の女王』のエルサ(娘がしばらく前からお気に入りだったキャラクター)をモチーフにしたTシャツを娘に見せました。たちまち彼女は欲しがりました。それを確認してから、その服にボタンがあることを見せたのです。すると娘は洋服をはねつけ、今にも泣き出さんばかりになって、こう言いました。「ママ、こんなの欲しくない。とっても気持ち悪いよ」

実際に自分の子どもがボタン恐怖症になってしまった際に、この症状自体を知らなければ、何をどう嫌がっているのかもわかりません。

 

まとめ 

世の中には、このボタン恐怖症のほかにも、様々な恐怖症があるのでしょう。

共感を得られるものもあれば、難しいものも。

 

私は、果物恐怖症というこれもまたなかなかに生きづらいものを持っています。

何もない人がどんなにうらやましいことか、と思ったことも何度もあります。

 

でも、何もない人なんているのでしょうか?

人には言えない弱さを誰でも一つくらいは持っているような気がします。

それを表に出すのは弱いとか、それに耐えて表に出さないのが強いとか、そういう風にも思いませんが、なんというか、改めて考えると、みんななにかと戦いながら生きているのだな、と。

 

生きるって、大変ですね。

 

 

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