本棚のすき間

絵本や小説、図書館についてなど、本全般について書いています。

学校司書の責任について思うこと

司書による児童の監督責任についての話がツイッターで話題になっていたので、学校司書をしていた時のことを思い出しながら書いてみます。

 

学校司書になったばかりの一年目の四月のこと。

当時の勤務校では、司書は給食を子どもたちと一緒に食べる、という風になっていました。

それで、最初にお邪魔することになっていた二年生の担任の先生から、給食の準備を手伝ってほしいので、四時間目の終わりよりも少し早めに来てもらいたい、と頼まれました。

 

四時間目は図書の時間もなく、そういうものなのかと思いながら、教室にいくと、エプロンを着ながらわちゃわちゃと騒いでいる子どもたち。

やんちゃなクラスときいてはいたけれど、思った以上にやんちゃしていました。

 

支援員の先生(教諭ではなく、町雇用の非常勤職員)もついていましたが、それでも見きれないくらいフリーダムです。

まあ、それでもしだいに給食の準備をしなくちゃいけないと気づき始める子たちもちゃんといて、列になって、給食室へ。

 

その間、担任の先生は、列にはついてきませんでした。

最初に頼まれたときに聞いていましたが、保護者との連絡ノートを書いたりしていたようです。

 

食器かごや牛乳のかご、おかずのボウルなんかを持って歩く子どもたちを後ろから見守りながら、教室に戻っていきます。

その時、六年生の担任をしていた再雇用の年齢の男の先生とすれ違いました。

さすがは、というか、まあ、六年生なだけあって、あれこれ注意することもなくゆうゆうとその後ろを歩いており、ベテランの風格が漂っていたのを覚えています。

 

それで、給食の配膳自体も、それなりに大変でしたが、担任の先生は相変わらず何かを書くのに忙しそう。

 

そんなこんなで、初めての給食(学校司書としての)が終わったわけですが、その後、確か翌日だったかと思います。

六年生の担任の先生が、あるときふらっと図書館にやってきて(音楽か何かの授業中だったのでしょう)、

「先生ね、この前給食の準備をするときに、子どもたちの後について見てあげていたでしょう。あれ、だめですよ。もしね、子どもがお汁の缶をこぼしたりなんかして、ひどい火傷を負ったりしたら、責任とれないでしょう? 担任がやるべきことなんだから、司書の先生はやっちゃだめですよ」

とそんなようなことを言いました。(実際はもっと長い)

 

その時、学校司書になりたてで、司書がどこまで子どもたちの活動に介入していっていいものか、まるでわかっていない、というより、あまり考えてもいなかった頃だったので、なかなかに衝撃的な言葉でした。

 

そうなのか、と思いつつも、頼まれたことをスルーするわけにもいかないし、あの先生にこう言われたのでもうできません、と言うのもなあ……とそれはそれで悩みは増えてしまったりもしましたが(いかんせん、初めての学校勤務……)。

結局のところ、その給食室から教室までいろいろを運び終わるくらいのタイミングで教室に向かい、配膳の部分だけお手伝いをする、というやり方でいきました。

 

まあ、こちらも時間があればやりたいこと、やるべきことはたくさんあるので、妥当な判断だったのではないかなと思います。

 

 

司書はしていいこととしてはいけないことがある、ということをはっきり認識させられたその出来事は、その後ずっと頭に残り続け、たびたび思い出しました。

 

 

たとえば、その学校では、一年生は最初の一週間は、給食を食べずに、三時間ほどで下校になっており、その一年生たちの下校指導、見送りを、担任以外の先生たちで行う、という話をきいたときも。

 

2人とか3人とかの少人数ですが、彼らを無事に家まで見送り、交通安全の指導なるものまでやらなければいけません。

司書がやる仕事ではないとすぐに思いましたが、職員の人数が少ないこともあり、毎年そのようにやってきた、ということもあってか、管理職の方々もしかたがないことと諦めているようでした。

 

それから、授業参観の日には、参観の後、学級懇談会的な、クラスごと、担任の先生と保護者が話をする時間がありました。

その際、希望する低学年の児童は、それが終わるまで図書館で待機していてもよい、という決まりが。

 

これも、十数人ほどで、耐えられないほどの多さというわけではありませんが、異なる学年の子たちが授業でもなく集まると、なかなかにテンションも高く、自由なふるまいをしたりするものです。

そこでも支援員の先生がいっしょについてくれていましたが、「見守りのメインは司書」といったような空気がありました。

 

何かあったとき、責任はとれない。

そう思いながら、子どもたちをいかに大人しく、おだやかに過ごしてもらうか、苦心していたような気がします。

 

本来ならば教員がするべきことを学校司書である自分がやらされているな、と感じることは、他にもたくさんありました。

そういうことを割り切ってやりながら、第一は学校司書としてやるべきことをしっかりやるというスタンスでいました。

そうでなければ、学校司書でいる意味がないので。

 

司書が集まる場できいた話では、それは司書の仕事ではないと感じたものはきっぱり断るようにしている、という方もいました。

思ってはいるものの、でもそんな強く出ることはできない、という方も。

 

そういうことを先回りして、司書にさせるべきではないことはさせないようにしてくれている管理職の話もききました。

学校によって、その度合いはいろいろなのでしょうね。

 

 

なんにしても、学校司書が単なる使い勝手のいい職員ではなく、専門的な知識やスキルをもったその道のプロであるという認識を持ってもらうことが必要なのだと思います。

私自身はもう学校司書の仕事からは離れてしまいましたが、世の中自体が、そういう動きになることを願っています。

 

司書と先生がつくる学校図書館

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