本棚のすき間

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図書館のBGMは少しずつ上手くなる【学校司書をやめるまでの話 その17】

春の読書旬間を終えると、おだやかな日々が待っていました。

次の学校行事は音楽会で、だんだんと、学校全体がそれに向かっているという雰囲気に。

 

図書館も音楽室も二階で、図書館の窓から音楽室が見えました。

光の加減で、人の顔はほとんどわからなかったりもしますが、背格好などで今どのクラスが授業しているのだなということがわかります。

新しい学校ではないので、防音もそれほどしっかりしていないのか、窓を閉めていても歌声や合奏の音が入ってきました。

 

ふだんはまあいいのですが、どこかのクラスに読み聞かせをしているときに合奏の音が入ってきたりすると、もうだめです。

子どもたちも、合奏の音が気になるし、読み聞かせも進んでいくしで、困ってしまいます。

なので、合奏の練習をしているとわかっているときには、読み聞かせをなしにしたり、時間をずらしたりして対応していました。

 

そういう弊害がある一方で、スタートの時点から少しずつ合奏が形になっていくのを聴けるという楽しさもありました。

最初はパート練習から始まって、それも、楽譜とかじゃなくとにかく担当の音を鳴らしているだけ、という感じです。

まったくもって、音楽にはきこえません。

 

でも、日が経つにつれ、それぞれがメロディを奏でるようになり、打楽器はリズムをとるようになり、バラバラではありつつも次第に曲っぽくなっていくのです。

おー、いい感じじゃないの、と図書館でひとり耳を傾けていました。

 

そうして、さらに日が経つと、もうそれぞれのパートの音はだいぶしっかりしてきて、あとは全体のリズムを合わせたり、強弱をつけたり、という段になってきます。

 

もう少しで完成かな、という頃になると、音楽室での練習はおしまいになり、楽器類は体育館のステージに運び込まれ、そこで本番に近い形で練習するようになります。

体育館は音楽室の反対側にあって、図書館にいてもかすかに音がきこえてきます。

でも、あとは本番のお楽しみ、という感じに。

 

そして音楽会当日。

ただでさえ、学生時代以来の音楽界だというのに、今回は職員としての参加です。

写真を撮ったり、職員合唱での出し物があったりと、精神的負担もあるにはあったのですが、子どもたちの発表を見ているとそういうものも洗い流されるようでした。

 

あの、まるで曲になっていなかったただの音の断片の集まりが、ちゃんと合奏になっているんです。

真剣そのものの緊張した顔で、いつもよりオシャレな服を着てステージに立っている子どもたちの様子も、胸にぐっとくるものがあります。

いつもふざけたことばかり言っているような子も、このときばかりは本気です。

 

ああ、ここに自分の子どもがいたら泣いちゃうだろうな、と思いながら、目が熱くなってくるのを感じていました。

 

こんなにいいものだったんですね、音楽会って。

昔は、合唱がもういやでいやで仕方のない子だったので、あまりいいイメージもなかったのですが、職員側に立ってみて、見方が少し変わりました。

 

実際に、手取り足取り教えていた音楽の先生や担任の先生というのは、大変な日々だった分、もっとずっと大きな喜びと感動があるのでしょう。

 

学級数が少ないので、午前中には音楽会も終わります。

給食の時間、子どもたちに「とってもよかったよ」と声をかけると、みんなうれしそうに恥ずかしそうにしながら「でもあそこで間違えちゃった」とか、「やっと終わったー」とか言っていました。

(職員合唱でしたパーフェクトヒューマンの出し物についても、わりとうれしい言葉をかけてくれる子たちばかりでした。やさしい)

 

つづく。

 

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